老害は「老いた」から「害」になったのか?エッセンシャルワーカーの方々の苦悩

独身部屋(独りと一羽の老後に備えるブログ)

「※ドアやガラスを叩く行為もご遠慮ください」

お客様各位 開店時間前に従業員に直接、商品に関するお問い合わせはご遠慮ください。
※ドアやガラスを叩く行為もご遠慮ください。

えみまる
えみまる

この貼り紙、私がときどき利用させてもらうドラッグストアのドアに貼ってあるものです。

ドラッグストアの貼り紙

このお店の店員さんとは顔なじみなので、お話を聞いたのです。

ラジオ音声はコチラ(Stand.FM)

これらのエッセンシャルワーカーの方々は、コノナ禍にあって、手探りで細心の注意を払いながら仕事に携わってきた方々です。

「おまえらが、マスクを買い占めてるんじゃないか!」

国中がマスク不足に陥った2月上旬から唐突に始まった店員へのクレーム。

最初はマスク、そのうちトイレットペーパーに紙製品、インスタント食品、そしてうがい薬と次から次へと買い占めが起こりました。

今では当たり前のようになっているレジでの飛沫感染を防ぐシート。

在庫が手に入らず、透明なテーブルクロスで代用したところもあると聞きます。

レジでのやり取りもゴム手袋を着用したり、お釣りを手渡ししないなどの手だても。

あるスーパーで働く知人によると、それまでマイバックに商品を入れる作業まで店員が行っていたのを、それが会社から禁じられると、「お客に、そこまでやらせるのか?」と怒鳴られた、と。

レジ待ちの列で間隔を空けたことで、勘違いした人が割り込んでしまい、客同士の喧嘩になって慌てて警備員を呼んだこともあるとか。

感染の不安を感じながら買い物をするときの不安もわかります。

みなが慣れない日常のなか、その不安やイライラの矛先が、反論できない店員さんに向けられたのは本当に心が痛みます。

こういう時にその人の人間性が出る

スーパーによくある「お客様の声」。

あの掲示板を見ると、二極化しているな~と思います。

「いつも利用しています。大変な時にお仕事をしてくれてありがとう」という、丁寧で温かいものもあります。

逆に「他の店にあったのになんでこっちにはないんだ」といった、やってくれるのが当たり前だというものもあります。

商品をリクエストするときも「〇〇が欲しいのでぜひ入荷お願いします」とただ言えばいいのに、なぜか「〇〇を入れろ」のように、上から目線の表現になっているものも目立ちます。

こういう大変なときだからこそ、相手を思いやる温かい言葉や気遣いが必要だと思うのです。

それができない人が多いとどうしてもギスギス・イライラした雰囲気になってしまう。

ピーコ
ピーコ

大変なときこそ、その人の人間性が出るんだよなあ

感情は伝染します。

店員さんへの横柄な態度、他の人のことを考えない買い占め、情報の真偽を確かめずにフェイクニュースに踊らされる思考…こういったものが出てしまっているように思うんです。

買い占めも元をたどればフェイクニュース

「老いたから害になる」のか「害になる人が老いたのか」

先ほどのお店で迷惑行為をする人、店員さんに怒鳴るような人はたまに見かけますよね。

エリック
エリック

大抵お年寄り(特に男性)が多いと思いませんか?

年を取ってくると認知機能の低下で、感情がコントロールしにくくなるのかもしれません。

実際、アルツハイマー病では、それまで穏やかだった人が、暴言を吐くようになった、ということもよくあるそうです。

しかし、そのような病気は別として、年をとったからキレやすくなった、年をとったから非常識な行動をとるようになったのでしょうか?

だとしたら、お年寄りはみんなキレるし、みんな非常識ということになりますよね。

実際にはお茶目だったり、博識だったり、謙虚だったり、優しかったり、素晴らしい人格者もいっぱいいます。

そうではなく、元からキレるような人、横柄な人、やってもらって当たり前と思っている人が老いたから老害になったんじゃないかと思います。

つまり、老いたから老害になったのではなく、害になるような人が老いた、ということです。

人生も終わりに近づいて、年齢を重ねているにもかかわらず「いい年してなんて教養がないのか」「なんて余裕がないのか」「なんて思いやりがないのか」と思われる行為をするから、老いが目立つのだと思います。

こんなことを書くのは、私の目から見て自分の父親が老害だと思うからです。

父は昔から、強きに媚び弱きにえばるところがありました。

感情的になり、赤の他人を怒鳴りつけることもありました。

最近も、スーパーのレジの間隔を誤って詰めてしまった後ろに並んでいる人に「オレにコロナ感染させる気か!」と怒鳴ったというのです。

しかも「注意してやった」と、まるで良いことをしたように誇って言うので呆れてしまいます。

もちろん私としても「他人を怒鳴るなんて恥ずかしいことはやめて欲しい」「周りからは老害と思われているはず」「他人を傷つけていいことはない」など少しは言います。

でも、本人に自覚がないので、改善は見込めないでしょう。

私が子供の時からこのような感じなので、老いたから怒鳴るようになったわけではありません。

周りから老害に見られ、それに気づいていないのだからかわいそうと言えばかわいそうです。

しかし、自分の行動は自分で責任を持たないといけないのです。

親子といえど、他者は変えられません。

一説ではドッカン型の怒り方をする人は、脳(前頭葉)に問題があると。

また、父はひどい高血圧で、それが影響しているのかもしれません。

あるいは発達障害かな、とも思います。共感力が低いからです。

だとしたら、エッセンシャルワーカーの方々はじめ、多くの理不尽なクレームを受けている人にお伝えしたい。

老害に怒鳴られたとしたら、その怒鳴った人は多くのケースで病気障害なのです。

そして、正しいことをしたと思っているような人ですから、そんな人のことを気に病まないで、ご自身を大切にしてください。

怒鳴った人は怒鳴ったことすらすぐに忘れています。

晩節を汚すなかれ

晩節を汚す、という言葉あります。

歴史上の英雄や著名人でも、若い時は利発で人の話に耳を傾ける謙虚さがあったのに、晩年に愚かな失敗をして老害になってしまった人は多くいますよね。

終わり良ければすべて良しとも言い切れませんが、若い時にどれだけ煌びやかな成功したとしても、あるいは幸せであったとしても、人生の最後で晩節を汚してしまってはもったいないと思います。

私は、死ぬときに「あの人はいい人だった」「あの人にお世話になった」と言われるような、善良な人生を送りたいです。

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